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卒業生インタビュー

優勝をめざし、がんばる選手の
サポートが仕事。
在学中の学びを土台に、
今も努力の日々です。

福岡ソフトバンクホークストレーナー
山下 隆弘
2004年3月 柔道整復学科卒業

学生時代の仲間はかけがえのない宝物。

在学中は、昼間、接骨院で働きながら柔道整復学科の夜間部に通っていました。体力的につらい時期もありましたが、そのときに支えてくれたのが、この学校の先生であり仲間です。当時からトレーナーをめざしていたので、特にテーピングの授業では毎回、先生を質問攻めにしました。学校帰りには、治療法や技術について仲間とディスカッションを深めたことを覚えています。また、休日にはスポーツトレーナーの講演会や講習会に出かけ、会場で自分で作った名刺をたくさん配り、人脈を広げる努力を惜しみませんでした。この学校の先生や仲間を含め、いろいろな場で出会った人とのつながりが、今の仕事に就くチャンスにもつながったと思います。

日々貪欲に学ぶ姿勢が大切です。

卒業後は、社会人野球のトレーナーを経て2007年から福岡ソフトバンクホークスのトレーナーとして働いています。当初は、2軍のトレーナーでしたが、シーズン後半から1軍に帯同。初めてベンチ入りしたときの感動は今でも忘れられません。プロ選手は、皆さんが思い描く以上に毎日、ピリピリ張りつめた中でプレーしています。日々結果が求められるプロ選手を“裏方”として支えるのが私たちの仕事です。社会人野球時代は、私がイニシアチブをとり、トレーナーとして選手を管理・指導する立場でしたが、プロの世界では、主役はあくまでも選手です。選手のあらゆる希望に応えられるよう、技術を磨くことはもちろん、今も治療法の引き出しを増やす努力を続けています。

夢を支えてくれた先生や同級生たちは
かけがえのない私の財産です。

久内鍼灸整骨院 院長
久内 克仁
1992年3月 関西鍼灸短期大学(現 関西医療大学)卒業
1995年3月 柔道整復学科卒業

整骨院に勤務しながらの学生生活でしたが、同級生のほとんども同じ境遇。朝の仕事が終わって教室に駆け込んできて、放課後はまたそれぞれの仕事場へ走って帰る。同じ目標を持つ仲間同士だからこそ、深い絆で結ばれたと思います。私は24歳で開業しましたが、不安はありませんでした。在学中、マイオセラピー(筋肉に対する治療)を専門にしておられる先生に出会い、「私の治療方針はこれだ」と決めることができ、それが将来に対する大きな自信につながりました。開業をめざす人は、自分の治療方針を確立したほうがよいと思います。現在では院長として人材の採用活動を行うことがあります。採用する立場から本校の学生を見ると、確かな技術を身に付けた将来有望な人材です。本校で技術と人間性をさらに磨いてください。

在学中に習得した知識や技術は
さまざまな分野で生かせることを実感。

森田鍼灸整骨院 院長
森田 茂
1987年3月 鍼灸科(現 東洋医療学科)卒業
1990年3月 柔道整復学科卒業

在学中、「患者様はいちばんの教科書」だと先生に教えていただき、現在もその言葉を大切にしています。本校には、臨床の現場を経験された先生が多く、体験談を聞くときはいつもわくわくしていたことを覚えています。本院では患者様の足や歩行姿勢に着目し、一人ひとりに合った独自のインソール(足底板)を開発し、治療に役立てています。今では日本全国はもちろん海外からも患者様が来られ、多くのスポーツ選手の方にも利用していただいています。卒業後の開業は大きな目標でしたが、本院以外に、機能回復訓練を中心とした新しいスタイルの介護サービスセンターも開設。現在、柔道整復師は施術するだけでなく、商品開発や介護など、さまざまな分野で必要とされていることを実感しています。

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